JBL社について

「JBL」はアメリカ史上もっとも有名なスピーカーメーカーで、パラゴンやハーツフィールドといった歴史に残る銘スピーカーの数々を販売した一流のオーディオメーカーです。

JBLスピーカーの歴史は、ジェームス・バロー・ランシングという男から始まりました。

無声映画の時代からトーキーシステムの開発、新時代のスピーカーを次々に開発していました。

シャラーホーンシステム
このころトーキー映画のプロ用機器業界は成熟しておりアルテック社がほぼ独占していました。ビル・トーマスはアルテックと競合することは難しいと考え、家庭用スピーカーに的を絞ることを決心しました。ランシングの死がターニングポイントとなりJBLは業界屈指のスピーカーメーカーとしてその歩みを始めました。

決して妥協せず、苦悩し続けた末に放つJBLブランドの光と名声

JBLパラゴン
オーディオファンならだれもが知っているブランドではないでしょうか。
その社名は、スピーカー技術者であったジェームス・バロー・ランシングのイニシャルに由来し、オーディオ界では伝説の偉人となっている。1902年にイリノイ州に生まれ、20代前半にはラジオ放送局の技師として働いており、その頃に出会ったケン・デッカーと共にスピーカーの研究を始め、25歳の時にランシング・マニュファクチュアリング社を設立。その後大恐慌に見舞われ危機に陥ったが、MGMの映画音響システムの開発協力をし、現在のモニタースピーカーの原点のシステム開発に携わったと言われています。1949年に設立した、ランシング・サウンド・インコーポレーテッドの社名がジェームス・B・ランシング・サウンド・インコーポレーテッドに変更され現在に繋がります。新会社ではスピーカーユニットを次々と開発していったが、1949年に自らによって命を絶った。享年47歳。真相は不明のままです。JBL社は、彼が会社を受取人としてかけておいた保険金1万ドルの支払いを受け、彼の死後も存続していった。現在の名声はむしろ、彼の死後、残された人々によってもたらされたと言われている。彼が会社に注ぎ込んだ精神と理想は見事に引き継がれている。会社を興すたびに自分の名前を用いることにこだわってきたランシングは、あくまでも自分自身の音にこだわり、誇りを持ち続け、苦悩し続けた。音の魅力としては、まずエネルギー感があげられる。シャープで荒々しいまでに前に出てくる音。そして音像リアリティ、それらは生演奏を感じさせる音である。
JBLのコンセプトや哲学は、長い歴史の中でも、これからも変わることはないでしょう。
 

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