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TANNOY社につてい

タンノイ(Tannoy Ltd. )は、ガイ・ルパート・ファウンテン(Guy Rupert Fountain 1901年-1977年12月10日)が創業したイギリスのスピーカーメーカーである。本社はスコットランドノース・ラナークシャーコートブリッジ(Coatbridge)にある。

当初の主力製品であった整流器にタンタルと鉛合金(allOY of Lead )が使用されていたことから、この二つを結び付けた造語である。

1926年 – 前身のタルスメア・マニュファクチュアリングがロンドンにて創業。当初はラジオ関連の部品などを扱っていた。

1932年3月10日 – タンノイの商標を登録。ガイ・R・ファウンテン(Guy R. Fountain Limited )に社名変更。

1933年 スピーカーの部門に進出し、高い評価を得た。当初はマグナボックス製ウーファーを使用していた。
1936年 ウーファーも自社で製造するようになった。
1947年 ウーファーの中央にツイーターがはめ込まれたように組み合わされ、位相も合わされた同軸2ウェイ式ユニットであるデュアル・コンセントリック(Dual Concentric)が開発され、以後代表的な製品となった。後、この初代ユニットは「モニターブラック」と通称された。

1953年 アルニコマグネットを採用した直径15インチのスピーカーユニットであるLSU/HF/15が開発製造される。磁気回路カバーの色が銀だったため「モニターシルバー」と通称された。またこのユニットを搭載したスピーカー、オートグラフが発売された。

1956年 ユニットの設計が変更され、磁束密度の向上と最大入力向上が図られた。またこれまでも存在した15インチユニットに加え、一回り小型の直径を12インチに縮小したユニットが併売されるようになった。正式名称はそれぞれモニター15とモニター12、形式名はそれぞれLSU/HF15とLSU/HF12であるが、ユニットの磁気回路カバーの色が赤に変わったため「モニターレッド」と通称された。同時に、III-LZというモニター12をさらに縮小した10インチユニットも発売された。

1958年 シュリロ・トレーディングが日本輸入代理店となる。

1967年 トランジスタアンプ対応として、各ユニットの入力インピーダンスが16Ωから8Ωに変更された。形式名は15インチユニットがLSU/HF15G、12インチユニットがLSU/HF12Gであるが、ユニットの磁気回路カバーの色が金に変わったため「モニターゴールド」と通称された。モニターゴールドの10インチ版とも言えるIII-LZGも発売された。

1974年 工場で火災が発生、音質の要であったコーン紙工場が全焼。再起不能かと言われたが、薄手の西ドイツ・クルトミューラー社製コーン紙を使用できるように再設計された新型ユニットHPD(High Performance Dual concentric)シリーズを開発。この頃、社主であるガイ・ルパート・ファウンテンが心臓を患い引退を決意、JBLを傘下に持つアメリカのハーマン・インターナショナルに会社を売却した。その後、1977年頃発売された通称ABCDEシリーズの商業的成功で持ち直した。70年代には工場をロンドンからコートブリッジへと移転している。

1976年 ティアックが日本輸入代理店となり大々的に輸入が開始される。

1979年 ザイールの内戦でアルニコマグネットの主原料であるコバルトの国際価格が急騰、入手難となり、マグネットをアルニコからフェライトに変更した。

2002年 デンマークのTCグループの傘下となる。

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