ALTEC社について
1937年、米国ウェスタン・エレクトリック社の業務用音響機器部門子会社E.R.P.I.が集中排除法の適用を受け解散。同社の主要メンバーがアルテックサービス社を設立する。
1941年にはランシング・マニュファクチャリング社(社長は後にJBLを創業するジェームス・B・ランシング)を買収し、社名をアルテック・ランシングと改めるとともにジム・ランシングを技術担当副社長に迎える。
WEのテクノロジーと優れたスピーカーエンジニアが手を組み、この時に後の運命が全て決まったと言えるでしょう。
ALTEC A7を代表とするヴォイスオブシアター(515+288)が誕生する。
アルテックのサウンドの特質とは人の声の再生能力が非常に高いという点です。
人の声の再生に対する最高のシステムを追い求め、追求の結果、中音域が最も重要な要素だった。
アルテックのスピーカーは基本的に中域のクオリティを重視しそれを基にレンジを上下に広げるという作業を行っている。
アルテックのポリシーとして他社はレンジを広げるため3WAY,4WAYといった製品を開発したのに対し、
マルチウェイを嫌い2WAYシステム構成を基本としているという事です。
単にユニットを増やすのではなく、ユニットがカバーする帯域を広げ、クロスオーバーポイントを極力少なくし
音の劣化を最小限に抑える為2WAYが選ばれている というわけです。